茶々の里

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窓越しのお父さんへ


この花は春のお花、スノーフレーク。
黄色いチューリップをバックにとっていました。

この花は、長い冬の終わりを告げる希望の象徴。
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毎日、窓越しに、おはようと、「希望」をくれた、
おつかれさまで、「癒し」をくれた、
あなたのようです。

ちいさいけれど、おおきい存在感。

くよくよしない、明るく笑って、一日一日。
繰り返す朝と夕方のあいさつだけで、
それが大事と伝えてくれた、あなたのようです。

永久の別れに、このお花をささげます。

あなたからの、やさしさ、思いやり、ずっと大切にします。

茶々とわたしに、いっぱい愛情をそそいでくれてありがとう。







わたしはクルマで通勤している。
勤務先病院の職員専用の駐車場、
スペースの関係で、停められないこともあり、困っていたら、
同僚で、病院のごく近所から出勤していたYさんのダンナさん(Yとうさん)が、
「もう、ウチはクルマは乗らなくなったし、
いつも空いているから、ウチの駐車場使いなさい。」と
親切にいってくださった。
それから、その妻Yさんが退職してからも、
かれこれ5年以上、ずっとそのお宅の駐車場のお世話になっている。

朝、クルマを駐車して、降りて、ふりかえる。
窓越しに、カーテン越しに、ご夫婦で朝食しているシルエットがみえる。
「おはよう」と声をだして、手をふると、向こうからもふりかえしてくださる。
ちょっと話しがあるときは、窓の外とうちで立ち話ししたり。

夕方、仕事を終えて帰宅するころのYさんとYとうさんは、
庭のお花に水をやったり、お風呂上りでまったりしていたり、
夕食時間だったり、いろいろだったけれど、お互いに、姿を確認すると、
手を大きく振り、朝のように声に出して「おつかれさま」といってくれてた。

5年は長い。
その間に、Yとうさんが、心臓病で入院した時、
Yさんはひとりで大きな家で生活するのが、とてもさみしそうだった。

退院してから、すっかり痩せたYとうさんは、
食も細くなっていて、なにを出してもあまり食べてくれないよと、Yさんはこまっていた。
わたしの力の範囲で栄養のある補助食品を取り寄せて、
いろいろ試したりして、食が細いなりにも、
体力をとりもどしつつあったYとうさんだった。

とうさんの介護疲れで、心も疲れたのか、
こんどは、Yさんが入院することになったとき、
クルマで1時間以上離れたとこに住んでいる息子さん夫婦をたよらず、
Yとうさんは近所のCOOPのお惣菜などで、4か月をのりきった。
なにかしなくっちゃ!と 気負うわたしがアホにみえるほど、
Yとうさんはさらりと自立した暮らしをしていた。

Yさんが退院してから、ずっと支えあっていた、ご夫婦だった。

ふたりがひとりになっていたときも、「おはよう」と「おつかれさま」を
心から、ほんとうに気持ちよくしてくださった。
わたしの父の具合が悪い(かった)ことや、ちょっとした愚痴もきいてくれた。
ありがたい存在だった。
おすそわけを持っていくと、とても喜んでくれた。
たまに、茶々も顔をだすと、とてもかわいがってくれた。

きのうの午後は、Yさんが通院している間に
Yとうさんは、洗濯物を干そうと台にあがったのだそうだ。
そして、バランスを崩して転落した。

頭を打ち切り傷をつくって茫然としていたところにYさんが帰宅。

傷の手当てをうけながら、
台から落ちたことを「死ぬ思いだった。」と打ち明けていたと。

その転落・転倒は相当なショックだったようだが、
勧めても勧めても「病院には行かない!」と かなくなだったそう。

わたしにも、心配かけるからいうなと口止めをし、
夕食も食べられずに、休んでいたそうだ。

朝3時くらいに飲水をすすめたときには、
「いや、いらない」という反応があったと。

朝5時過ぎには、もう反応がなくなって。

救急車にきてもらい、Yとうさんは死亡確認された。

このような場合は警察の介入があり、
事情聴取や、休んでいたところの写真撮影などがあったそう。

そしてこのあたりで いちばん大きな病院に搬送されて、検死をうけた。

死因には、昨日午後の「頭部打撲」の影響はなく、
心不全(急性心筋梗塞)だったのだと。

お父さんのデスマスクは、
わたしの父とおなじで とても穏やかだった。

お悔みにうかがったわたしに、
きのうの午後からのことを話し、涙にくれるYさんから、
「ねえ、昨日のうちに、なんとしても病院に連れて行けば
 こんなことになっていなかったんだろうか?」
と 問われた。

「お父さんは、お母さんと、おうちにいたかったんだし、
 その希望をきいてあげていただけだよ。
 お父さんの望んでいた状態でのことだったんだから、
 お母さんは、そのことは悔やまないでね。
 この安らかな寝顔のようなお顔、
 お家から逝けてよかったっていってるように見える。」


きのう、
おはようでは、窓越しに手を振っていた。

仕事帰り、そんなことがあったとは知らずに、
「きょうはお母さんだけだなっ」って、
おつかれさまの手を振った。

窓越しのお父さんは、もういないんだ。
by oak412 | 2013-08-22 13:55 | 日々のこと